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  • 執筆者の写真Hiroe

自分の道を堂々と歩こう

渦中にいるときって

その道一択しかないように感じるものだけど

そんなことないよ


「ひとつの道しかない」なんてこと、ない



過ぎ去って、あとから振り返れば

あーあんなこともあったなぁって思えるものなんだ





わたしがフォーカルジストニアになって

1年間は治療と演奏活動を並行しておこなっていたんだけど

その1年間はまーー辛くてさ


まだ病気のことをわたし自身が理解し切れていない中で

演奏会だけは次々とやってきて

指のことを演奏仲間に打ち明けたこともあるし

全く何も伝えずに、いつもと同じようにやり過ごした演奏会もある


仲間に打ち明けたところでなんの意味もなかったけどね

理解なんてしてもらえなかったし

(と、当時は苛立ったりいじけたりしていたな)



(今は、理解できなくて当たり前よね、って思う)


(むしろ、わからないものを、必死にわかろうとしてくれていた人もいた)


(ありがとうね)





演奏会本番で、わたしの指が全く動かなくなってしまって

いよいよお客様にも「調子が悪いんですか?」と尋ねられて


「…おわった。」


って感じたあの瞬間は、今でも鮮明に覚えてる




それから、もうステージに立つ資格はないって

予定されている演奏会を全部キャンセルしたときのあの惨めな気持ちは

もう二度と体験したくない、辛いものだった



これはわたしのトークコンサートでもいつも話すくだりだけど

もう地獄でしかなかった



 


でもさ

今、わたし

生きてるよ



しかも

今、わたし

演奏してるよ




当時とは違うカタチかもしれないけれど

二度とステージに立てないって思っていたけれど

立ってるよ




あの、地獄だと感じていた2012年には

今の姿は全く想像もできないことだったけど


また音を奏でられるわたしでいることが

本当にしあわせだなって思う




ありがとう神様

演奏休止の10年間は

わたしに大切な大切なことを思い出させるための

必要な10年間だったんだ


わたしが本来の姿に戻るための

わたしが本質に気づくまでの





 


この前ね

恐怖に震えている人に会ったの

(本人が怖い怖いって言っていたから)

「それしか道はない」って思い込んでいるようだった


何度か「こっちの道もあるよ?」って声をかけたんだけど

全然届いていないようだった



でもさ、それはそれでいいんだよね

それはその人の必要な体験だから




自分で選んだ道を堂々と歩いたらいい



ある人から見たら回り道でも

ある人から見たら急勾配の道でも


「わたしが」この道を選んだ

だからわたしはこの道を行く



 


わたしはめっちゃ遠回りタイプよw

自ら険しい道に行っちゃうタイプよw


だからさ、いかに短距離で速くゴールにたどり着くか?で考えてる人から見たら

まどろっこしくてしょうがないかもしれない




でもわたしは

遠回りしたからこそ見ることのできた景色の美しさ

険しい道に行ったからこそ出逢えた人の温もりや優しさ


そこに価値を感じるんだ


いくらお金を出しても買うことができないもの




それを活動休止の10年間、ずっと貯蓄してきたよ

大切に大切に温めてきた

ひとつひとつ、大切にコレクションしてきた


そして、活動再開してからも

そのコレクションがまたひとつずつ増え続けている



このコレクションは無くなることはない

火事が起きても地震がきても

そしてお空にかえったとしても

なくならないもの


それをわたしはずっと大切に

わたしのココロに保存してきた




わたしはしあわせだよ


結果論かもしれないけれど

病気になっていなければ

この豊かさにも

気づいていなかったかもしれないよね


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